4月5日
罰せられることを渇望している
わかるような気がする。自分が本当にハッピーだけの人間になってしまうことが怖いのだ。かくされた罪の意識は自分への言い訳だ。いつもどこか嘘をついているのだ。
こどもの入園式に参加するか私の両親に特に聞かなかった。コロナだし、両親に早々に入園式の日程は伝えたが、行きたいとも言わなかったので何も言わなかった。
当日の朝になって夫が「両親誘ってないの?行きたいって言ったら園に問い合わせれば良いんじゃない?それでだめなら両親に理由を説明して断れば良いんじゃないの?」と言われた。私はコロナだし、私も入園式は母だけだったし、祖父母まで参加するものではないと思っていたし、と色々理由を伝えた。すると夫が「すべて言い訳に聞こえる」と言ったのだ。そして「お父さんは行きたいだろうけど」とポロっと言ったら、「そういうことだよ、気持ちを汲まないで、世間はこうだ、とか自分はこうだったとかいうから言い訳がましいんだよ」と言われた。
私の言い訳がましさはうしろめたさだ。どこか正直ではないのだ。
かくされた罪の意識はまだはっきりとはわからない。
4月4日
夫は今とてもがんばっている。断酒も続けているし、仕事もしているし、こどもの保育園が始まって送迎もしてもらうので、育児休暇が明けるまでは私がメインでやるものの、今からやり方を覚えないといけない。
こどもから目が離せないし、二人きりで過ごすだけでも大変だ。
それに私の両親にも送迎を手伝ってもらうので、私の両親ともうまくやっていかなければならない。それも大変だと思う。両親は夫が酒乱であることも、断酒していることも知っている。
断酒して自信を取り戻したようにもみえて、無理をしているというか、睡眠時間が極端に少ない。本人はお酒でエネルギーを消費していた分浮いたから大丈夫みたいなことを言うが、車の運転もするので心配だ。
私はまた夫を寝かそうと必死になり始めた。眠そうなので寝れば良いのに、といつも思うが、寝ない。寝室にも行かない。
そして風邪気味になってパブロンを飲んだりしている。私はイライラする。ちゃんと寝て、しっかり食べないから風邪をひくんだ、と。
これは普通の考えかもしれない。でも私にとっては夫をコントロールしようとしている範疇に入る。夫は今多少の無理はしてでも新しい生活に慣れようとしているのがみていてわかる。自分がイライラしないことがまず先決だ。手を離すのは今も同じだ。
4月3日
私が何度もアラノンを中断した理由は、夫のお酒のトラブルが落ち着いてくるといかなくなる、と思っていたが、本当は「アルコール依存症の家族である」ことを認めたくなかったからだと思う。
アラノンに通っている以上、アルコール依存症の家族であるという自覚が強くなるし、
そのことが自分のプライドを傷つけていたのだと思う。激しい自己憐憫に浸っている時はアラノンに助けを求めるが、少し癒されると、私は助けてもらわなくても大丈夫、私はアルコール依存症の家族ではない、そういうかわいそうな人ではない、と思ってしまうのだ。これはひどい。自分は癒されたい時に癒されにいくのに、自分は癒そうともしないのだ。
「家族にアルコール依存症の人がいるのはかわいそう」そういった偏見とかあわれみをもっていたのは私で、病気であることを理解していなかったのだ。
4月1日
母親に対する批判精神がまだ残っているが、昔にくらべてだいぶ減った。
アラノンを始めてからの考え方の大きな変化だと思う。
今日1日ベストを尽くせたか、という質問には二つの要素があって、TODOリストのような予定をこなせたか、と、誰かを批判したり、腹を立てたりせずに過ごすことができたか、という要素があると思う。
今の私はTODOリストをやりきることによって、他の人への関心が減るような気がしている。それは自分の行動に満足できることによって、他人への要求が減るのかもしれない。または、自分の行動に集中できるから他人のことが気にならなくなる。
どちらにしてもベストを尽くすことに変わりはないのだ。
3月31日
私が自分の責任を果たすことと、自分を大切にすることの境目がむずかしい。
4月にこどもの入園式があるので、その服を買いに行きたいが、子連れだと試着ができないので、夫にこどもをみていてもらうか、一緒についてきてもらいたいと言った。夫は一緒に行くと言ったので、日にちも決めていたが、前日になって急に「その日は服買いに行くのやめて美容院に行こうかな」と言い出した。私が美容院に行ったので影響されたのだと思う。夫は美容院に行ったばかりだ。「でもその日は一緒に行くんだよね。一人じゃ試着できないから。もし美容院に行くならこどもは実家に頼むけど」と言ったら、「そうだった、行こう行こう」と言った。
夫は今手帳を買ったり、自分を管理しようとしているが、私からみるととても遠回りをしているようにみえる。手帳を何冊も買ったり、ペンを何色もそろえているが、肝心の予定については管理できていないようにみえる。
そのことに私が口出しする必要はないが、前々からの約束は主張しても良いかなと思うようになった。夫はまだ行き当たりばったりの生活で、見通しをたてて生活するということがむずかしい。それこそ、今日1日の暮らしなのだ。
夫のために自己犠牲になるのが当たり前で、夫の思いつきに振り回されてきた時間が長すぎた。夫を最優先に自分の予定を変更してきたことに今になって気づく。
自分のことを大切にするってそういうことからかもしれない。